おとなごっこ

 久々に友人とお話。楽し過ぎて大人ごっこやめられないwww いつかは俺も、こういうフリじゃなくて、心の底からちゃんと自分の言葉として、大人として話が出来るようになるんだろうか、なれないんだろうなあ。いつかなりたい将来像が高田純次じゃそりゃ無理だわな。
 やはり年を食うと考え方が大人びて来ると言うか、責任とかしがらみとか、それが不可避であるという前提で考える傾向が強くなる気がする。社会的責任とか、そう言う言葉で、自分が所属する集団の倫理や方向性に同調する。子供なら、「そんなの関係ないね」で良いんだけど、属する組織での地位が自分の未来に直結するようになって来るとそれは死活問題だからなのか。それと同時に、「いま自分が所属する組織はどんな状態なのか、どうなるのか」が気になるから政治経済に興味がわいて来る。いまここらへん。これは情動のカテゴリーなので、まだ行動のカテゴリーに移行していない。それはもう少し先の話にしておきたかったのだけど、いい加減そんな年じゃないって怒られそうだなぁ…

 いま自分が必要と感じるから、「学生のうちにもっと勉強しておけば良かった」って感じるのだろうね。当時はそんなに必要であると感じなかった。数学がどんなに出来たところで仕事の役には立たないだろうし、歴史に詳しくなっても仕事の役に立たない、エトセトラエトセトラ…まあ、端的と言うか極論ではある。実際会社でそんな知識は使わない。取引先とのトークの、しかも余興部分でうまくエッセンスを抽出して混ぜ込むのが関の山だろう。知識としては。

 ただ、じゃあ必要ないかと言えば、「やっておくべき」とは思うけどね。読み書き計算はもちろんの事だけど、その先の知識を学ぶ過程にはちゃんと意味があった。最近それに気が付いた。

・国語、英語は当然読み書きとして必要。国語は一般的な情緒を指導してくれるなら有用かも。
・数学の理念は一貫して「複雑な事象を単純化・整理する」技術の習得にある。
 ・概念と手法を理解しておくと他の科目の理解に大きく寄与する。
 ・ツールとしての公式は、正直活きる職場に行かない限り活きない。
・理科系科目は、専門知識なので多少は取捨選択しても影響ない気がする。
 ・が、突発的に生活の中で必要とされたりするので注意。
・社会系科目は、人類の課題であるところの「人類は歴史から学ばない」という言葉の通り、ちゃんとやるべき。
 ・人の心の問題とかを絡めながら学ぶ必要はあるんじゃないか。*1
 ・地理は歴史と絡める必要があるけれど、色々と役に立っている。
 ・政治経済は言わずもがなだけど、俺触ってないから子供に興味を持たせる方法がよくわからない。
・理科、社会の関係はライフ、ソーシャルの関係なのかもなあと思った。どちらも最低限必要だ。

とか3時くらいに考えていたらしいから載っけときますね!

*1:マクロクラスの歴史をミクロの現場に叩き込むのは誤謬を多く含むけれど。物語を読むようにちゃんと感情移入して学んでおくと、役に立つと思う。