ふと気付いたら友人から謝絶通知が来てた

 「そんなにラブプラスがやりたくないかー!」予想はしてたが真摯な返答があって笑ってしまった。まあ軽いノリで誘ったし、信念を持ってやらないのは良いんじゃないのかな。FFやるくせにゼルダはやらない、ハリーポッターも嫌い、とか「流行物はアウト」という中2病をこじらせてた奴を知っているので、そういうくだらない理由よりは、ずっとまともな返事だったよ。わざわざすまなかった。あとレスポンスを迷ってたわけじゃなく、単にいまみたからだったりする。


 と、あとは割とどうでもいい私信。
 俺はゲームをサードビューでプレイするタイプなので、没入はあんまりしないと言うか、そこに居るけど和の外にいる事がしょっちゅうなんだよね。そこに居るキャラクターに指示を出すけれど、そいつは俺じゃないと割り切っていると言うか。そこで起きるイベントを当事者として楽しんでいるのではなくて、プレイヤーキャラクターも含んだゲーム内の舞台を眺めて楽しんでいる立場なんだと思う。「それって楽しいの?」と言われそうだけれど。
 そうだね、漫画読むのと同じかな。その世界の出来事を眺めて、突っ込んでみたり、いっしょに熱くなってみたり、要は感情移入というよりは共感に近いのかも知れない。そこに居る、そいつらの気持ちを感じ取っているようなもんだと思う。
 まあこれは、たぶん「影武者徳川家康(漫画版)」の悪影響だと思うのだけど、行き過ぎた客観視の訓練の結果、いろんなものから離れてしまって当事者意識がなくなったせいなんだろう。正直、自分の人生も少し他人事のように感じているのはぶっちゃけておく。
 そうだなあ。例えて言うならば友達の恋話にしゃしゃり出て世話を焼いている感じかなぁ。うまく行っても俺は何も得られんのだけど、友人が幸せになるという「絵」を見る事が楽しいと言うか。本当は自分も入った絵を描けるのが一番良いのかも知れないけれど。クオリティの高い絵を見るのが目的であって、絵の中に俺を混ぜる事で質が下がるならそんなゴミ要らねえな、と思っているのかも知れない。というか思ってるよな、確実に。


 当たり前の話だけど、ギャルゲプレイヤーというカテゴリの中で話すときはちゃんと弁えて第三者の俺と主人公の間くらいの存在として話をするけどね。サードビューだから、そこにまたキャラクターをおいて操作しているだけなのかもね。