懲りない面々
超弩級少女を一気読みで読んでて、あの気障メガネがなんで「こころ」を読んでたのか、愛の伝道師を名乗るのか全く理解出来ないんです。「こころ」って自己愛とか理想が現実をジェノサイドする物語ですよね?
「K」についてはいつか恩師に自分なりの解答をお返ししたいと思っては居るのですが、「先生」は一体なんだったのかと考えてた。端から見れば、そこそこ勝ち組の筈なのになんであんなつまんなさそうに生きてくたばってんだろう。7年前の俺はヒントを拾ってたらしく、「ある程度のプラスは理想的なプラスから見たらマイナスですよね」って言い放ったので、またそこかよと突っ込んでおく。でもさぁ、その結果は自分が積み上げて来たもんだろ?自己否定なんz…あ。だからか!
昔、プラスチック解体高校で「『死にたい』は『生きたい』」というロジックを見て「ああ、なるほど」と理解したけれど、厳密には「死にたい」訳ではなくて「こんな条件で生きたくない」という現実の否定なんだと言う話。自分の望む、生きたいと思える条件下であれば、他人がどう思ったとしてもそいつには天国なんだよな。そこの線引きは完全に主観によるもので、多分に自己暗示とかの強力なバリケードが十重二十重に張ってあるから、その「理想的な生存環境」の設定をクラックしてやんないと死ぬ奴は死ぬわな。人の事いってる場合じゃないけど。
自分が理想に届く事はない、という絶望は大きな挫折による崩落ではなくて、小さな挫折を拒絶する事の積み重ねで起きる。誰かが「今日の不幸は未来への布石」と言っていたけれど、そういう小さな挫折がひとつずつ未来への道を塞いでいくようなものだ。ひとつの事が出来なかった、でもそれが出来ないからって自分はダメな訳じゃない。そう言い聞かせて他の事をしていたら、それも出来なかった。いやいやいやまだ大丈夫だ、きっと大丈夫だ…って、なぜ乗り越える努力をしないのか。理性的に「ああだめだ、俺にはむりぽ」って逮捕されてるからなんだろうな。本当にそれが出来なかったのか、小利口に逃げただけだったのか、どうせあとで悩む事になるだろ。そんで、その時にはもう取り返せなくなってんだろうがよ。ああ、いやこれ俺の話だけど。
諦めるべきは諦めるのも大切だけど、小狡く立ち回っても大きな収穫はないんだよ。
かつてガキの頃の俺は「Kは現実を呪う為に死んで、先生はなんとなくアンニュイになったから死んだ」と認識していたけれど、まーよくそんなにズレてたもんだなあと視野の狭さに苦笑出来るようになっただけ大人になったのかなぁ。違うよ、全然違うよ。二人とも理由は同じなんだ。自分や周囲が求めていた「そうあって欲しい自分」との距離を突き進む情熱を失って、その道を走り続ける事が出来なくなった自分を受け止められなくて潰されたんだ。Kは正直、真面目過ぎたとは今でも思う。「良いンだよ多少俗っぽい方が悟りに近づくんだぜ、いろんなもん噛み締めて生きろよ!汚いものを知らないでどうやって綺麗なものの価値を知る事が出来るんだよ!」って言ってやりたい。「そもそもお前けっこう汚い事やってたじゃねーか、保護者騙すとか最悪だぜ?あんまりその中二病こじらせんなよ。」とか言うと反感買いそうだけど。先生は…かける言葉が見つからないな。俺、勝ち組の心境理解出来ないし。彼の凶悪なほどの人間不信と自分不信はなんか共感出来るんだけど、設定値の上げ下げで解決出来るもんでもないし、えーとなんだろう…「まだ間に合うからもう少し必死になれば?」って事なのかなあ…
またやる。もっかい再挑戦する。